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静的分析その1〜並べて比較してみる |
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静的分析(Static Analysis)の項では、個別の投票の特性を分析せず、あくまで加算された結果のみを総体として捉えて分析を試みます。第1回アンケートで行ったものと同等のものですね。この第2回アンケートでは2回に分けて、いくつかの静的分析を行ってみます。 今回の「静的分析その1」では、別々の設問としてお聞きした事項を並列比較し、そこから何らかの意味を読み取ることを目指してみました。総体を見ての分析であるため、やや迫力に欠ける面は否めませんが、どうぞご覧下さい。 |
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まず、ゲーム版等のその他のAIRに対する評価と、劇場版AIRの鑑賞前後の期待・評価を並べてみましょう。Q1の(1)〜(3)における評価部分、そしてQ3(2)・(4)が比較の対象になります。 並べるに当たって、「評点」という概念を導入しました。これは、各設問で「最も良い評価」を2、「最も悪い評価」を▲2として、評価を得点化したものです。二次創作への評価をお聞きしたQ1(3)の選択肢、及び劇場版への事前の期待を聞いたQ3(2)の選択肢が、その他のそれと異なることに留意する必要はありますが、概ねの傾向を見ることは可能だと思います。 以下がその結果です。 |
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見慣れない言葉もありますので、数字とグラフの読み方を順番にご説明していきます。 まず、「平均値」ですが、これは「評点」の平均値になります。平均値がプラスの値となっていれば、「投票結果を均した結果、良い評価に傾いている」ことを表しますし、マイナスであればその逆です。ともに数字が大きいほど、その良し悪しの度合いが強いことを示しています。 一方、「標準偏差」の方。こちらは統計上の概念で、一言で言えば「散らばり具合」を表す数字です。「標準偏差」が小さいことは「データが一ヶ所に集中している」ことを表しますし、大きいことは「データが広く薄く分布している」ことを示します。わかりづらいと思うので、例を一つ挙げましょう。ともに生徒が2人しかいないA組、B組の2つのクラスがあったとします。A組ではテストの得点が100点と0点、B組では2人とも50点でした。この場合、平均値はA・Bとも「50点」となりますが、標準偏差はAが「50」、Bが「0」となります。Aは得点分布が散らばっているため大きな値を、Bは集中しているため小さい値を示しているのですね。 さて、具体的に内容を見てみましょう。 評価の平均値は、ゲーム版が最も高く、次いでBS-i版、劇場版への事前の期待、二次創作、最後に劇場版への事後評価、という具合になります。うち、劇場版への事後評価は評価の平均値が若干マイナスとなっており、「均すと、悪い評価の方に傾いている作品」と言えるでしょう。各作品へ評価の中身を見ても、「最高!」にあたる評点2を付けた人数は平均値と同様の順番で減少していますし、逆に「最悪!」にあたる評点▲2を付けた人数もほぼ同様の傾向を示しております。 しかし、それだけで決めつけが出来ない部分があります。評点1の人数に着目してみて下さい。その他の評点と異なり、この部分はゲーム版から劇場版まで、大きな変動が見られません。つまり、「そこそこ評価している人数」だけは、劇場版AIRとその他のAIRの間で大きな違いが見られない、と言えるのです。単純に劇場版AIRを「悪い評価を受ける作品」と断定出来ない理由の一つがここにあります。 このことを裏付けるように、標準偏差は右肩上がりにぐんぐんと増加しており、劇場版への事後評価で最大の値を取っております。一般に賛否両論の代名詞であるような二次創作よりも大きい、というのは、特筆に値する結果ではないでしょうか。言い換えれば、「劇場版AIRは全てのAIRのうちで、人によって評価が最も異なる作品である」ということに他なりません。 以下に、この項目における考察の骨子をまとめておきましょう。 ・劇場版AIRは、全体に均せば決して良い評価を受けている作品ではない。 ・しかし、そこそこに評価する人の数は、その他のAIRとさして変わらない。 ・劇場版AIRに対してはいい評価も悪い評価もそれなりに多く、人によって全く評価が異なる作品であると言える。 |
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続いて、オリジナル⇔原作のどこに劇場版AIRが位置するのか、それは事前に皆が思っていたものやアニメ一般に期待しているものとはどう異なるのか、その辺りを比較考証してみましょう。Q2(1)、Q3の(3)・(5)を組み合わせてみました。 ここでも同様に「評点」を用いた分析を行っていますが、ここでは最もオリジナル寄りを2、最も原作寄りを▲2としております。ここでの「プラス」「マイナス」は、単に数直線上に展開するためだけの意味しかありませんので、ご承知おき下さい(オリジナル寄りが良くて原作寄りが悪い、という意味ではありませんので)。 |
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前項では大活躍した標準偏差ですが、こちらでは大きな偏向の違いは認められません。劇場版を見る前の予想が若干高く出ているのは、現物を見ていない中で予想範囲がぶれているということですから、非常に納得できる数字であると思います。標準偏差がぶれていないことはすなわち、一般的な好みの散らばりと劇場版への認識の散らばりがほぼ同じレベルであり、平均値のみで比較することがある程度容認される、ということになります。 そこで平均値を見てみますと、一般論としてはかなり原作寄りを求める人が多いのがわかります。上記評点には含めていない「わからない・ものによる」を選んだ方も多いのですが、投票者全体の半数以上がどちらかと言えば原作寄りの作品を求めている、というところまでは言ってよいと思います。やや言い過ぎになる危険を冒してわかりやすく言えば、「原作付きアニメに対しては、概ね原作に沿った展開を望む人の方が多い」という風にまとめられると思います。 これが、劇場版に対する事前の予想になりますと、大きくオリジナル寄りへ振れていますね。これは、Q3(1)の結果に見えるように、「多くの方が何らかの事前情報を得てから鑑賞していること」が影響しているものと考えられます。つまり、一般に原作付きアニメに対して多くの人が求める「原作寄り」のものとは、この劇場版AIRはどうやら違う作品みたいだぞ、という覚悟を持って、皆さんが鑑賞に臨まれたことを意味します。 ところが、いざ鑑賞した後の認識を見ますと、事前の予想を遙かに上回る、オリジナリティ溢れる作品であったわけですね。評点の平均値もダントツですし、内訳を見ても「完全オリジナル」という評点の方が大変多いです。一般的な好みの内訳と比較してもおわかり頂けるように、これは多くの方が期待する原作付きアニメ像とは大変異なっているということです。劇場版AIRは悪い評価一辺倒ではない作品ですが、想像したものと全然違うものを見たことのショックが、前項で見たような評価の激しいぶれを生んだように受け取れなくもありません。この辺は、もし数字で示せるならば、将来的に動的分析の過程で解き明かしてみたいところであります。 ・一般に、原作付きアニメに対しては「原作にある程度沿った内容のもの」が好まれる傾向にある。 ・ただ、劇場版AIRについては多くの人が事前に「どうやらオリジナル色が強いらしい」ことをかぎ取り、ある種の覚悟をして見に行った模様。 ・ところが、その予想を遙かに上回る「オリジナル色溢れる展開」が劇場版AIRではなされており、良くも悪くも視聴者の度肝を抜いたことが窺える。 |
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最後に、「劇場版AIRを見た人たちは、事前にどのAIRの情報をどの程度持っていたのか」ということを考えてみたいと思います。比較対象として、Q1(1)〜(3)中の「AIR体験の有無」に係る部分、Q3(1)の劇場版そのものの事前情報、そして参考として、Q3(9)の出崎監督作品への触れ方を並べてみました。 なお、この比較では細かい項目の比較はあまり意味がなさそうなので、単純に「劇場版鑑賞前に内容を知っていたか否か」という観点で振り分けました。Q1(1)・(2)では鑑賞前に体験済みか否か、Q1(3)は見たことが一度でもあるか否か、Q3(1)は何らかの情報を持っていたか否か、Q3(9)も出崎作品に何かの感想を抱いているか否か、という点で票数を振り分けております。 |
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BS-i版については、劇場版公開時にまだ放映途上であったこと、劇場版DVD発売時にもまだDVDが全巻リリースされていなかったことを考慮すれば、かなり低く出た上記の結果は納得できるものがあります。これを除けば、劇場版を見る前に「他のAIRに触れた割合」は総じて高い、という結果が出ております。 一方、出崎作品については、辛うじて5割は越えたものの、各種AIRに対する事前認知に比べて非常に低い認知度であったことが読み取れますね。つまり、出崎監督独特の表現手法について、事前にはあまり認識していなかった視聴者が多かったということになります。このことは、参考設問で20代の投票者が最も多かったことと大きく関連するでしょう。つまり、投票者の多くは名作とされる出崎監督の作品群をリアルタイムで見ていない年代の方々なのです。 ただし、ここで一つミスリードの危険を指摘しておきます。今回のアンケートでは大勢の方が協力して下さった結果、管理人の予想を遙かに超える数を投票して頂きましたが、アクセスログなどから推察する限り、投票者はその多くがAIR関連のリンクから来られているように見受けられるのです。出崎監督の手になる名作が数多く世に出たのは1970年代、片やAIRのリリースは2000年。この間20〜30年の開きがあるわけで、AIRに興味を持つ方々が若い人中心であるのはむしろ当たり前のことになります。もしそうだとすれば、上記の結果は何も不思議なことではなく、なるべくしてなった当然の結果である、とも言えるわけです。 従いまして、この部分についてはあくまで「参考」とし、一般論として断じない方が賢明と思われます。ここでは、「今回のアンケート母集団の傾向」を示す数字として、指摘するにとどめておきます。 ・今回のアンケートの母集団は、事前に数々のAIR関連作品に触れていた人が大宗を占めている。 ・その一方で、出崎監督の既存作品に対する認知度は決して高くなかった。 ・ただしこの結果は、票を募集した経緯に鑑みれば、「母集団そのものがやや偏っている懸念がある」ことを示している可能性がある。 この続きは「静的分析その2」としまして、劇場版AIRを構成する各要素への評価について考察しております。以下のリンクからご覧下さい。 |
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